wired raven : Automatic Wing

文字通りの日記。主に思ったことやガジェットについて

出会い

ブラック・アウトの竜騎士(この場合は機竜のパイロット)は数人いた。
ただ、すぐに何かしらの理由ですぐにブラック・アウトから降りていった。
あるプレイヤーはゲームそのものが肌に合わないとして、乗ってから一週間ほどでアカウントを消した。
別のプレイヤーは最初の数週間だけ熱心にプレイし、姿を消してしまった。
中にはブラック・アウトそのものが気に入らないので、別の機竜に乗り換えた者もいた。
エリスにとってそれらの経験がパイロットの判断材料になりつつある頃、田辺一騎はExtreme Worldをはじめた。


特にこれと言って、やりたいことがあるわけでもなく、田辺一騎は仮想情報空間を彷徨っていた。
現実と同じ街並み、風景だが空気の違う不思議な空間だ。
地面に足をつけて歩く者もいれば、地面の少し上を滑るようにして進む者もいる。
上を見れば太陽があるが、日の光に揺らぎがある。
水中から水面を見上げたときに見える揺らぎに似ている。
鳥か、魚か、何かが光を砕いているのだろう。
身体は何か物を食べることを要求していたが、敢えて彼は無視して、何かを探す。
何かとは何だろう、と過ぎった疑問を子どものようだと苦笑い。
ふと、掲示板(町内の掲示板を想像するとわかりやすい)に書かれているExtreme Worldの文字が目に留まった。
極端な世界、とはどういう意味なのか。
その張り紙に触れると、概要が頭の中に流れ込んできた。
Extreme Worldとは基本無料のオンラインゲームの名称だという。
必要なものはネット接続可能な端末と個人識別子だけだった。
一通り、読み終えたところで彼は実際にどんなものなのか確認することにした。


Extreme Worldをプレイするのに必要な手続きとチュートリアルはすぐに片付き、思ったよりもゲーム本編に入ることができた。
容姿設定は本人そのまま、名前も本名の「田辺」にしたが特に問題は無いだろう。
最初に彼が立ったのはすべてのワールドと都市に繋がっている「ロビー」と呼ばれる場所だ。
様々なプレイヤーとNPCが闊歩し、活気があった。
「ひとまず、散策するか」
彼が歩き出したところで、ロビー内にけたたましい警報音が鳴り響く。
『正体不明の機竜が接近中です。速やかに最寄のゲートから街に避難して下さい』
ばらばらの方向に歩いていた人々の流れが、最寄のゲートに向かったものに変わる。
街の雑踏ならともかく、このような状態に彼は慣れていなかった。
数歩進んで、どうにもできないことを悟ると、大人しく近くのベンチに腰を下ろして巨大な窓の外を眺めることにした。
なるほど、正面には機竜と呼ばれる大型の飛行機械が見える。
細い胴の竜の身体を機械に置き換えたものだから機竜か、と彼は一人納得する。
その機竜は両翼の端から緑色の光を噴出して、こちらに一直線だ。
彼の視界の中心にはその機竜が見える。
視界の左上から右下に向けて、白い光が真っ直ぐに走った。
目が白い光を追う。
同じように機竜のようだ。
機体全体が真っ白いとてつもなく巨大な機竜。
機械というには全体的に丸みのある有機的な形をしている。
すぐに視界から白い機竜は消えてしまった。
視線を先のこちらに向かってくる機竜に向けるが、見つけられなかった。
代わりにあったのは空に浮かぶ爆発だ。
『警報を解除します。繰り返します、警報を解除します』
行く先が決まった。


「現実の基地と変わらないな」
第500飛行隊というギルドの活動拠点の周囲は3m近い高さのフェンスに覆われていた。
フェンス沿いの道を進んでいくと、入り口を見つけることができたが、近くには銃を持った青年が番をしている。
一瞬だけ躊躇したが別に撃たれるようなことはあるまい、と判断。
彼が近づくと青年は軽く会釈して、
「何か用ですか?」
「ああ、見学をしたい。ギルド案内所の紹介状もある」
「確認します。少々お待ちを」
すぐに青年はポケットから通信端末を取り出して、誰かと会話を始めた。
ギルドのマスターだろう。
竜騎士希望の田辺さんですね。基地の案内図は田辺さんの端末に送りました」
「ありがとう」
確かに端末に案内図が転送されていた。
曖昧な笑顔を浮かべている青年を見て、
「これなら一人でも大丈夫だと思う。そこから離れられないのだろ?」
「普段なら二人なんですけどねぇ。一緒に番するのが休んじゃいまして」
こちらに気を許したらしく、青年の口調が砕ける。


ギルドマスターの部屋は純和風で、入ると畳の匂いがした。
懐かしい匂いだ。
ギルドマスターは山辺という温厚そうな老人だった。
小柄だが背筋は真っ直ぐしており、しっかりとした印象があった。
ゲーム内の世間話とギルドの概要と現状を簡単に話してもらう。
自分は現実の姿と変わらないキャラクターだが、他のキャラクターは違う。
確か、トランスレータという物もあった。
声や口調を変換するものだ。
こうやって話している山辺老人や先の番の青年が実際はどんな姿なのかはわからない。
口調には気をつけた方が良い、と心の中でつぶやく。
「君は機竜乗りを志願しているのじゃったな」
「はい」
「我が隊で空いている機竜は4番機のブラック・アウトじゃ」
山辺老人は窓の外を指さした。
黒い機竜が正面の格納庫に『居た』。
「乗り手が良く変わる子でのぅ……」
「何か問題があるんですか?」
「素直な子じゃよ?」
山辺老人は意味ありげな笑みを浮かべて歩き出した。
おいて行かれないよう速度をあげて田辺も歩き出す。


格納庫に向かう途中で、山辺老人は年寄りは邪魔じゃろう、と言って引き返してしまった。
格納庫の入り口から機竜を見上げると随分と大きかった。
機体は二本の脚で支えられているが、全体的に竜の形を留めている程度だ。
デジタルの竜だ、と田辺は思う。
突然、目の前に文字が空中に映し出された。
『新しいパイロットか?』
答えようにもキーボードは近くに見あたらない。
コックピットにはあるかもしれないが、キャノピーは閉じているので無理だ。
「……返答はどうすれば良い?」
『声の認識可能だ』
「そうか。まだ、パイロットになると決まったわけじゃない。見学希望だ」
『了解した』
機竜のAIはプレイヤーがロールしていると聞いていたが、予想よりもずっと機械的だった。
もっとも、それは誤解なのだがそれがわかるのは後のことだ。
『ギルドマスターから情報を受け取っている。試乗するか?」
「試乗を希望する」
『了解』
文字と共にキャノピーが開き、機首側面のラダーが地面に向かって静かに伸びる。
ラダーに足をかけて登る。
見上げる以上に高さがあった。
コックピットには大きめのシートと複数のディスプレイ、操縦桿、サイドスティック、簡易操作パネルが並んでいる。
足下には操舵ペダルがある。
どれも操作しやすいように配置してあるように思えた。
シートに身体を預けてみると、予想よりもずっと、操作しやすそうだった。
「思ったよりも広いな」
山辺老人は高機動戦闘用の機竜だからコックピットは狭いと言っていたが。
「操作説明を頼んでも良いか?」
『マニュアルの目次を正面のディスプレイに表示した。見えるか?』
「よく見える。操作は右にあるボードで行うのか?」
『可能だ。また、ディスプレイがタッチパネルになっている』
「なるほど。親切な作りだ。……名前はエリス、だったな」
『そうだ』
「短い付き合いになるかもしれないがよろしく頼む」
『了解』
話しながら田辺は淡泊な奴だ、とエリスを評価する。
元からそう言う性格なのか、そう演じているのかはわからないが、この場ではそうであること。
それが重要なことだ。
マニュアルは概要を中心に組んであり、興味がある分野を深く学べるようになっていた。
田辺が飛行に関する項目を読んでいると、
『飛行資格の無い者の飛行は許可されていない』
「ようは、免許が必要なんだな」
『そうだ』
「となると、いきなり、俺が飛ぶのは無理か」
『講習を受ける必要がある』
「なるほど」
竜騎士として問題のある言動だ』
「確かにそうだな。事前調査を怠っていた」
エリスの言葉を素直に肯定して、田辺はこれから先のことを考える。
今までのやりとりから判断すれば、このAIに問題らしいものは特にない。
機竜に乗るための講習についてはブラック・アウトのヘルプや山辺老人から貰ったパンフレットに記載されていた。
事前に調べることを怠っていたことを痛感。
「となると、今日は帰るべきか」
『オートパイロットが可能だ。コースを指定すれば飛べる』
「ふむ。お願いしても良いか?」
『了解。コースを指定せよ』
その文字に続いて、大陸マップが表示される。
大陸の東沿岸近くに現在位置とおぼしき印があった。
基地から海を通り、時計回りにまわるルートを田辺は指定。
すぐにディスプレイに『了解』の文字が表示される。
ディスプレイに管制塔とのやり取りが文字で流れたようだ。
田辺の目には速すぎて読み切れることはできなかった。
機体正面にある格納庫の扉が開き、地に着いていた脚が浮いた。
ブラック・アウトが滑走路に向けてゆっくりと動き出す。
「ベルトはしなくても良いのか?」
『遊覧飛行時は非着用で問題ない』
「了解」
田辺はシートに身体を預けて、キャノピー越しの景色が加速していくのを眺める。
機首が徐々に上がり、機体が地面から離れていく。
身体がふわりと浮く感覚。
あっという間に管制塔が小さくなる。
「すごい推力だな」
エーテル型推進器の推力は実在する航空機を遙かに上回るものだ』
「その割にはGを感じなかった」
エーテルを使った慣性制御が可能だ』
「無茶な機動も可能なわけか」
『可能だ』
田辺の指定したコース通りにブラック・アウトは飛行を続け、眼下には蒼い海が広がっている。
「それは俺が竜騎士になってから、だろう」
『当然だ』
「当然、か」
『そうだ』
何処か面白くて田辺の口から笑いがこぼれる。
これなら退屈しそうにない、と田辺は思う。
長の山辺はエリスに問題があると言っていたが、そう思えなかった。
会話はここで途切れ、ブラック・アウトは予定通りのコースを飛び、基地に戻った。
田辺はエリスと何故か、格納庫に待機していた長に礼を述べ、明日も同じ時間に来ることを伝えるとログアウトした。
隠しても彼らにはばれているだろうが、ギャップ酔いで限界だったのだ。
田辺はバイザーを外すと、後に敷いたままの布団に倒れ込んだ。


翌日も約束した通りに第500飛行隊の基地を訪れた田辺を山辺は歓迎してくれた。
ただ、ブラック・アウトに乗せてくれ、と言うと彼は曖昧な笑顔を浮かべて空を指した。
その方を見上げればブラック・アウトが人間を乗せては行えないだろう機動を行っていた。
機体の横軸を基準にして連続で2回転、機体が水平に戻ると同時に推力最大に。
後部にある2基のノズルが大きく開いて、白い光が噴き出す。
水蒸気の輪を残して竜の咆哮と共に視界の向こうへ消えていく。
「あの機動が機体名の由来じゃな」
田辺の横に立つ山辺老人が言った。
慣性制御があると聞いたが、それにも限界はあるだろう。
その限界があの機動ではないのか。
ただ、それを田辺は怖いと思わなかった。
むしろ、心強いとすら感じた。
だから、
「よくわかりました」
「どうするかね?」
試すような山辺老人の方を見て、田辺ははっきりと告げた。
「ブラック・アウトの竜騎士を志望します」
山辺老人は頷くと、田辺に講習の説明を始めた。
講習と言っても、チュートリアルに近い簡単なもので、基礎用語の説明と操作説明の後にシミュレーターを使ったテストで終わりだという。
場所は都市ニーレンの講習施設だ。
実戦テストは搭乗予定の機竜を使うらしい。
田辺が移動の足について問おうとしたところで、ブラック・アウトが帰投する。
乗れと言わんばかりにブラック・アウトのキャノピーが開いた。
躊躇いも無くブラック・アウトに走っていく田辺を山辺老人は満足そうに頷いて見送った。
講習施設にはすぐ到着してしまった。
施設は四方を金属の分厚い壁で覆われた場所だった。
田辺は一度だけ行ったことのあるスタジアムを思い出した。
四方に壁があり、中央が開けているあたりが記憶とそっくりだ。
ただ、芝生はなく、地面は金属かプラスチックで覆われているようだった。
コックピット備え付けのスピーカーからノイズのない澄んだ声が聞こえてきた。
田辺は一瞬、何のことだかわからず、とまどったがすぐに講習が始まったことだと理解した。
山辺老人の言うとおり、最初は基礎用語の説明から始まった。
機竜とはなんなのか、そのパイロットである竜騎士とはなんなのか、機竜の動力源であるエーテルとはなんなのか。
竜騎士とは機竜と一心同体の存在です、という一文がなぜか、印象的だった。
解説が終わると操作説明に話が変わってきた。
細かい操作は機竜によって異なるため、エリスの解説も入るようになってきた。
視点移動を最小にするため、と文字で断りを入れてから、エリスが声を発した。
説明の声が感情や抑揚のある人間的な声に対し、エリスの声はそれらの感じない機械的な声だった。
中途半端な合成音声ではなく、人間の声と違いがわからない声だ。
感情と抑揚があれば人間の声とは区別がつかないだろう。
だが、綺麗な声だ、と田辺は思ったが口に出さず、内容を理解することに努めた。
「操作説明は以上です。次にシミュレーターによる最終試験を行います」
「田辺、準備は良いか?」
感情が無い故の純粋に問うだけの声だ。
「このままで良いのか?」
田辺の格好は基地から飛び立ったときのままの私服だ。
「問題ない」
「なら、準備完了だ」
「了解」
HUDにメッセージが流れる。
シミュレーター起動。
キャノピーが黒で塗りつぶされ、コックピットが一瞬だけ闇になる。
すぐに明るさは復帰したが、景色は先ほどとは異なった。
キャノピーに映像を投影しているのだ。
周囲を見回せばまわりは雲一つ無い空、快晴。
高度2000フィート。
左のサブディスプレイにはレーダーがあり、自機を中心として敵の位置を表示している。
自機の正面に敵の表示がある。
既に武装は使用可能の状態になっているが射程範囲ではない。
コックピット内に警告音が響いた。
HUDには被ロックオンの文字が躍っている。
次の瞬間には相手が長距離高速ミサイルを放っていた。
数は2。
すぐさま、田辺はチャフを撒いて右へ回避行動を取る。
田辺の操作に機体がすぐに追従する。
右へ高速旋回するブラック・アウトをチャフの吹雪を突破したミサイル2発が追いかける。
後を見ると2発のミサイルが肉眼で見えた。
回避するにも撃墜するにもまだ、十分な距離がある。
対ミサイル用のレーザー砲があったはずだ、と田辺はサイドにあるパネルを操作。
見つけると同時に選択、HUDにメッセージ。
『AMS制御は私が行う。操縦に専念せよ。』
短いメッセージだが、それで十分だった。
主翼の付け根部分のハッチが開いて、小型のレーザー砲が姿を現した。
瞬時に砲撃可能状態に移行し、ブラック・アウトに食いつくミサイル2発をロックオン。
白い光がミサイルの弾頭を貫き起爆させた。
エリスの行った操作を田辺は確認せず、敵機体の位置を確認する。
真後ろだ。
振り向くと爆発の煙を突き破って、敵の機竜が姿を現した。
灰色に塗装されたそれは竜と言うより実在の戦闘機に近い形をしていた。
しかし、実在の機体とはスペックが違う。
実在の機体と同じ能力ならば、あの爆発の中を突破できはしない。
四散したミサイルの破片の直撃で機体が破壊されてしまう。
後方に向けて短距離ミサイル2発を発射。
敵は回避行動も取らずにミサイルと激突した。
しかし、敵は無傷だ。
「バリア持ちか」
突破するには多くのミサイルを命中させる必要性があった。
自機と同じようにAMSを搭載している可能性は、と考えるがその可能性はない。
AMSは中型から大型の機竜にしか搭載できないからだ。
積載しているミサイルの数はこちらの方が上だ。
が、後方に撃てるミサイルはもうない。
正面に敵を捕らえて撃つしかない。
大きく旋回して敵の後を取るか?
いや、敵の機動性はそう低くないはずだ。
敵はほぼ後と言っても良い距離だ。
この距離ではミサイルはお互いに使えない。
そう思い至るとすぐに機首を上げて上昇。
先ほどまでブラック・アウトのいた空間を敵の機銃弾が貫いた。
ブラック・アウトの下方を敵の機竜が超音速で抜ける。
ふと、田辺の頭に今日、エリスの行っていた無人機動が浮かんだ。
機竜が後転するあの機動だ。
悩まず機体を操作、田辺の思い描いたようにブラック・アウトが機動する。
ブラック・アウトの前方、自機より低い高度を敵の機竜が飛んでいる。
ミサイル発射可能距離だ。
短距離ミサイル4発を同時発射。
ミサイルは真っ直ぐ、敵の機竜に吸い込まれるように飛んでいく。
命中。
ミサイルが爆発し、衝撃と破片が敵の機体を襲い、貫く。
田辺の目では一瞬の出来事で確認できなかったが、レーダーからも視界からも敵影は消えていた。
HUDに敵機撃墜、続いて任務完了、シミュレーター終了のメッセージ。
田辺の身体から力が抜ける。
いつの間にか現実の田辺一騎の身体にも力が入っていたことに気づいた。
身体を動かすと、現実の身体とゲーム中の身体が同じ動きをした。
「シミュレーションは以上です。結果は合格です。おめでとうございます」
エリスはお疲れさまの一言も何も言わなかった。
田辺はそれでも構わない、と思った。
エリスはそういう性格なのだ。
機体制御や操縦補助はちゃんとやっていた。
これが訓練であることを考えれば、妥当な判断なのだろう。
そう田辺は解釈した。
「高いパイロット適性を持つと判断する」
響く声はエリスのものだ。
褒めるわけでも皮肉でもなく、ただ評価するだけの言葉だ。
「そうか」
戦いを振り返ると適性が高いとは思えなかった。
はやく判断できる人間はもっとはやく判断していたに違いない。
「ブラック・アウトの竜騎士として適性があると判断する」
「それは先ほどの言い換えか?」
「言い換えではない」
機竜のパイロットとしての適性があり、なおかつ、ブラック・アウトの竜騎士としての適性があると言うことだ。
言葉通り、田辺はブラック・アウトと相性が良いのだろう。
「わかったよ」
「帰投を提案する」
「賛成だ。帰投しよう」
離陸に必要な手続きはエリスが済ませて、ブラック・アウトは垂直上昇を開始。
施設の外は夕日に染まり輝いていた。
夕焼けを見たのは久しぶりだ、と田辺は思った。
この時間は会社で端末と向き合っていた。
日の高いうちは外回りを行い、夕方のあたりでは端末に情報を入力やメールの確認、打ち合わせなどを行っていた。
夕方に電車で移動していた時は疲れが出て軽く眠っていたりもした。
そのような生活の中で田辺は夕日を見ることができなかった。
「綺麗な夕日だ」
「地球の時間でも夕日だと推測する」
「ふむ。見ても良いか?」
「問題ない」
エリスの言葉に田辺は頷いて、目を閉じた。
現実の田辺の目が現実の空間を捉える。
外したバイザーを机の上において、椅子から立ち上がる。
西日に染まるカーテンを引けば見えるのは先ほど見たのと同じ真っ赤な夕日だった。