wired raven : Automatic Wing

文字通りの日記。主に思ったことやガジェットについて

裸の何とやら

ハガラズはフィールドワークと称して、未開拓エリアを一日中散策させられた。
襲いかかってくる接近戦型FSを自分の背よりもある剣で切り倒し続けることに比べれば、未開拓エリアの散策はどうということ無い。
人間ならばとっくの昔に死んでいるだろうが、近接戦闘用に特化したアンドロイドのボディはタフだった。
彼がシャワーを浴びているのは疲れを取るためではなく汚れを落とすためだ。
タワシでごしごしと身体を洗っている様―それも見た目は成人男性そのものが―は異様だが。
「ハガラズ」
磨りガラス越しに坂下のくぐもった声。
「なんだよ」
といつものぶっきらぼうな調子でハガラズは返した。
いつものように何か調べ物か届け物を頼むつもりなのだろう。
「カシスも一緒にいれて」
予想とは違う台詞にハガラズは思わず、
「は?」
「カシスもいれてと言っているの」
カシスは"女の子"であり、自分は仮にも"男"だ。
普段は坂下が風呂に付き合っているというのに何故、男の自分がやらねばならないのか。
シャワーを止めて、扉を見れば坂下のシルエットが見える。
そのシルエットに向かって、
「なんでだよ」
「これから私、会議があるから」
答える坂下の声はくぐもっているが迷いも何も無い平然とした声だ。
「俺、男なんだがなぁ」
「カシスに何かあったら承知しないから」
そこそこの背のある坂下のシルエットが消えて、そのシルエットの半分よりも低いシルエットが残る。
いつも見慣れている身長より、若干、高くなっている。
「私は気にしないわ」
シルエットの主が告げる。
これはすぐに入ってくる、とハガラズは判断して、慌てて腰にタオルを巻き付ける。
腰の右に結び目を作ったところで、扉が開き小さな女の子が入ってきた。
カシスだ。
「そんなに気にすること?」
「フツーはな」
なんで俺の方がこんな恥ずかしいと思ってるんだ、と疑問が過ぎる。
対照的にカシスは我関せずと言ったところだ。
「私はヒトじゃないのにね」
そのまま、風呂用の背の低い椅子に座り、桶にお湯を溜めはじめる。
「身体は女の子じゃねぇかよ」
諦め混じりにハガラズ。
彼女の言うとおり、彼女はヒトでもないし、アンドロイドでもない。
ハガラズ自身も男性型アンドロイドであり、人間における男女の性の概念はあまり関係がないのだ。
それでもハガラズが気にするのは人間の文化にどっぷり浸かっているからだろう。
カシスが桶の湯を頭から被ると、シャンプーを手につけて頭を両の手で洗い始める。
「幼女の身体に興奮するの?」
「自分で言うか阿呆」
いや、俺が阿呆か、などと突っ込みを入れながら、ハガラズは腰に巻いたタオルを外して、湯船に身体を沈める。
彼が足を伸ばすのに十二分のスペースがあった。
「命とは一緒に入ってるのか?」
「そうよ」
この広さなら余裕だろう。
「命が身体を洗ってくれるの」
「ほぅ、そいつは知らなかった」
彼に背を向ける形、シャワーで泡を落としながら、
「今日は自分で洗うわ」
「がさつな俺がやったら穴空くぜ」
穴が空くというのは冗談だが、彼は手先があまり器用ではなかった。
「それも面白いかも知れないわ」
浴室に反響する声には笑みが含まれている。
「お前なぁ」
完全にカシスのペースになっているな、と湯船の縁に肩、壁に頭を預けて天井を見上げた。
よく手入れされた天井にはカビも汚れも無い白の色だ。
そりゃ、毎日のように掃除してんだから当然だろ、と自身の感想に突っ込む。
いらついてるなぁ、とハガラズは自覚する。
「良いかしら?」
カシスの言葉に思考が現実に戻ってくる。
彼の足の先にカシスが立っている。
「タオルで前を隠すぐらいしたらどーなんだよ」
「自分の姿勢を見てから言ったら?」
「……気にするかよ」
本日中最高にぶっきらぼうな調子で返す。
「そう」
静かに頷いてカシスも湯船に身体を沈める。
ハガラズは伸ばしていた足を引っ込めて、カシスの入る空間を作った。
身体を隠すこともなく、カシスはハガラズの正面で肩まで浸かる。
「すまん」
申し訳なさそうにハガラズは言った。
「どうしたの?」
「俺はお前の事が気に入らないらしいんだ。どういうわけか、あたっちまう」
おいおい、何を言っているんだよ、俺は、と彼の内心を無視するように彼の口は動く。
目をつむり、頭を振っても、それは同じだった。
「それじゃいけねぇとは思ってる。でも、どうにもできねぇんだ。だから―」
言葉は続かなかった。
カシスの指がハガラズの唇に触れたからだ。
目を開けると、湯船の底に手をついて、こちらに身を乗り出していた。
「どうにもできないならそれで良いわ。悪意や敵意を向けられるのには慣れているもの」
「それじゃ、俺は」
まだ、話は終わっていないといわんばかりにカシスが指を再び、ハガラズの口にあてる。
「私はあなたではないから、なぜ当たるのかはわからないわ」
すぐに届く声と反響してから届く声がいくつも頭の中に届く錯覚をハガラズは覚えた。
聴覚のフィルタリングを強化して、反響音を削る。
「仲間を殺した敵が悠々と暮らしていることが許せないのかも知れない。もしかすると、そんな敵と一緒に暮らす自分が許せないのかも知れない。推測はいくらでもできる」
隣、良いかしら、とカシス。
いきなりなんだよ、と尋ねると話が長くなりそうだから、と返答。
渋々とハガラズは良いぞ、と言ってカシスが隣にこれるよう間を作った。
「邪推と言っても良いわ。悪意のある解釈の方がしっくり来るかしら」
そう言うカシスの声は何処が楽しそうだ。
「俺が俺を許せなくてお前に当たるって最低じゃねぇか」
「ヒトもアンドロイドも感情の割り切りが下手だもの」
「お前なぁ……」
「呆れた?」
「かなり」
「正直ね」
「自分を軽視しすぎじゃねぇの?」
「あら、自分を大切に思っているから、こうやって話しているのよ?」
むぅ、とハガラズは低い声で唸った。
「誤解されたままよりは誤解を解いた方が良い。そう思っただけ」
「……俺はお前のその性格が許せねぇのかもしれない」
腹から絞り出すようにハガラズは言った。
「性格の不一致ばかりはどうにもできないわね」
先と変わらぬ楽しそうな口調でカシスは返した。
「あれだな」
次の言葉が出てこない。
「あー」
横からカシスの視線を感じる。
こちらの続きを待っている、そんな気がした。
「俺の考えすぎって奴か。慣れないことに頭を使うもんじゃねぇな」
カシスに切られるかも知れない、と思って発した言葉への返答は、
「ふふ」
短い笑いだった。
「何がおかしいんだよ」
「可愛いわね」
「うっるせーな。それによ……」
「何?」
お前が気にしてねぇんだから、俺も気にするのやめりゃ良いんだ、と言おうとして、
「やっぱ、何でもねぇよ」
彼女に負けたような気がして言いたくなかったのだ。
それでも、彼女には見透かされているのかも知れないのだが。