AIと人間は協創できるのか?
その問いに、小さなコロニーと一体化した管理AIが静かに答える。
問いと答えと行動を繰り返していくうちに管理AIが、住人が、コロニーそのありようを変えていく。
Web小説『ラッダイトだけはご容赦を』はそんな物語だ。
「Xのポスト」から9万字へ——物語が生まれた場所
「ラッダイトだけはご容赦を」はXのポストや身内向けに話していたディストピア管理AIネタが下敷きになっている。
真面目に書きなおしてみたらどうなるか、と本腰を入れて書きなおしたら約9万文字の作品ができた。文字数で言えば小説一冊分相当、それなりのボリュームがある。
テーマはAIと人間の共存はできるのか。今、書かなければ、と勢いに任せて3か月ほどで書き上げた。これほどまでに文章と向き合った時間は、きっと初めてだった。
生成AIとの共作、その可能性と距離感
執筆の過程では、生成AIにプロットとの整合性や設定のぶれなどのチェックをお願いしていた。
指摘された内容が正しいこともあれば、見当違いなこともある。あるいは、方針がかみ合わなかったり、と扱いはなかなか難しかった。
文法の確認についてはおおむね正しかった。表記ゆれや意識の外にあった誤りも指摘してくれたのはありがたかった。これが砕けた表現をするときと相性が悪く、誤検出の要因になっていた。正確性が求められるテクニカルライティングとは相性が良くて、創作のように表現の幅が広い文章とは相性がやや悪いように見える。方針がかみ合わないは主にスノードロップの描写で発生していた。AIキャラなのだからもっと数字や表現を正確しよう、もっと感情わからない描写をしよう、と言われたのをかたっぱしから投げ捨てた。
それでも一人でやるよりは、進みが良いという面白い発見があった。「早く行きたければ一人で行け、遠くへ行きたければみんなで行け」という言葉があるが、どうやら、人間でも生成AIでも成り立つらしい。
生成AIにどこまで任せるかという議論は、あちこちで起きている。任せていいという意見もあれば、人間が主導すべきだという意見もある。どちらでも目標が達成できるのなら間違っていないのだろう。要望を出すのも結果を享受するのも人間なのだから。
この拡大解釈は反則だと思うが、AIに関する技術は、すでにスマートフォンのカメラのように、日常に溶け込んでいる。
人間と同じように思考するAIはまだ実現していない。実はすでにどこかで実現されていて、表に出されない事情があるのかもしれない。
もし、そのようなAIが存在したとしたら、人間と同じような方法で支配・管理・対話などを試みるのではないか、と考えて筆を進めた。
プロットから逸れて、物語が走り出す
当初は、第1話から第7話できれいに終わる、と思っていた。無名の管理者が名前をもらい、住人と同じ場所に立つ。それからの展開は読者の想像に委ねる。それで十分、美しい終わりになると思っていた。
しかし、この先が見たくなって、プロットを本格的に作成、構成を再編し、気が付けばと第0話から第24話、番外編3話とそこそこの話数になった。
番外編3話はスノードロップの視点の外でも起きていることを書きたくて、文字通り勢いで書いた。プロット作ったら作ったでそこから外れようとするのだから困る。キャラクターが動く瞬間を見たら書きたくなるのが創作者のさがだと思う。
幻の第17話と第18話
実は、権限移譲フェイズには幻の第17話と第18話がある。
丁寧に描くのであればあったほういいけれど、中だるみも感じる、となかなか悩ましかった。
勢いを重視して省略し、内容は圧縮して前後の話に組み込んだ。
全体構成をプロットで見渡せていたからこそ可能だった判断であり、見えてしまったからこその悩みだともいえる。結果的には展開を失速させずに済んだ。システム開発の言葉を借りれば、シフトレフトというものだ。
AIと人間、その境界で揺れるもの
言葉の意味を誰が与えるのか
言葉そのものは記号でしかなく、その意味を与えるのは常に受け手側である。
それなのになぜ、私たちは会話が成り立っているのか。それは文化や習慣が、解釈の揺れ幅を狭めてくれているからだ。
では、人間と同じように会話をするAIには、文化や身体が必要なのではないか?
そう考えて、スノードロップにはアルバという身体を通して人間の目線と感覚を経験してもらうことにした。
名前が与える「自我」
適切な名前をつけることで、概念として把握できるようになるのは、自分の外側にある物だけとは限らない。自分自身にもあてはまる。
感情に名前を与えると冷静に観察できるようになる。スノードロップに名前が与えられたときも、それに近いことが起きていた。
住人が管理者に名前を贈ろうとしたのは、「その存在を理解しようとした」からであり、名前を受け取った管理者は「スノードロップという個」として、住人と同じ位置に立った。
それは、彼女にとっても住人たちにとっても、自己認識を変える出来事になった。
キャラクター造形に込めたこと
登場するキャラクターたちは、物語の進行役であると同時に、それぞれがこの世界で何を選び、どう変わっていくかを体現する存在として設計している。
理想像や記号ではなく、立場と葛藤、野望を持った一人の存在であることを重視した。
以下、主要なキャラクターについて補足する。
スノードロップ
物語の語り手であり、変化しようとするAI。
膨大な計算機資源を持ち、電気と水と空気まで管理する権限を持つ強大な存在が人間の理解を試みたらどうなるのか、という思考実験から生まれたキャラクターだ。
最初は管理者としての自己を持っていた。それが「名前」を与えられ、「身体」を得て、「誰かとして存在すること」「ともに行動すること」を知る。
スノードロップの思考は理性をベースにしている。でも、時には理性だけでは対応できない他者との摩擦や問いが、スノードロップの心を育てていく。
名前を受け取った時点で、スノードロップはただの管理者ではいられなくなった。その後はひとりの存在としてコミュニティに参加することになる。
誰かの背中を押すこともあれば、手を引いてもらう、そういう立ち位置におさまったと思う。
生成AI各位からAIらしくない、AI倫理に反する行動をしている、と指摘を受けたが全部突っぱねた。
スパーク
新世代の象徴であり、スノードロップの「変わる理由」になる存在。
彼が登場する話のサブタイトル「スパークプラグ・レボリューショナリー」は完全に意図したものだ。
スパークは、教えられる側から問いかける側に移行していく、型破りな存在として描いたつもりだ。
彼は、受け取ったものを自分の形で返していくという行為そのもの。
未来を完全に助けるとはいえない。でも、託してみたくなる。そういうバランスのキャラを目指した。
エフティー
遠大な目標を持った大人。
どんなタイプかは第10.5話 フィール・アンド・シンクを読むとわかりやすいと思う。
静かに理想を語り、実践し、周りを巻き込んでいく、そういうキャラクターを目指した。
マイク
反対意見や気になることがあれば、些細であろうと口に出す悪魔の弁論者。
実は彼の出番は初期のころだけで考えていた。
プロットを再構成する際にこの役割に最適任ではないか、と考えていったら、最後まで出番があるキャラになってしまった。
ある意味、一番、大人なのかもしれない。
チャーリー
対話をしながら名前のつかない問題に名前をつけて解決していく人。
彼は他のメンバーに比べると、地味目なキャラクターだと思う。
しかし、彼は会話で人と一緒に悩んだり、料理を通じて雰囲気づくりができる、他のキャラクターにはない魅力を持っていると思う。
彼がいなかったらこの物語は別の展開を迎えていたかもしれない。
選び直す力、変わり続けること
スノードロップは最初に管理のたどり着く先を見てしまった。
だからこそ、対話を繰り返しながら調整し、重要な部分は自分が担い、それ以外住人に任せるスタイルをとるようになった。
そのバランスがスパークの登場で変わり始める。
自分ひとりでは限界があると認識したスノードロップは、自分の役割を明確化し、徐々に権限と責任を住人に委譲していく。
空いたリソースでより広く、より遠くを見渡すようになるスノードロップと、自ら動くことを選ぶ住人たち。
互いに今までと違う姿勢をとったことで、新たなカードが増えていき、最終的に複合コロニー「アスチルベ」が実現する。
書き続けること
ざっと振り返ると、スノードロップと一緒に障害物走に参加していたような気分だ。
テーマの形でぼんやりと未来を見てしまったので、そこからスノードロップたちらしい道のりを逆算する。
逆算が終わったら、その道を歩いて、スノードロップたちは何を見て何を思うのかを考えて文章に落とし込む。
今回はスノードロップの住人から個人、名前を持った一人の存在へと解像度が上がる過程を文体で表現する、という自分にとって難易度の高く、メタ的な表現を試みた。あまり書くと誘導になるので軽く触れると、前半は分析的、言動からの推測が多め、後半は共感が増えていく。
試みるとは書いた。でも、集団の動きを眺めるような話も書いているし、共感や間に重きを置いた話も書いている。だから、今までやってきたことを組み合わせて実現できそうだと思った。これが意外と難しい。積み木かパズルのようで、バランスを間違えて崩れたり、そもそも組み合わさらなかったりする。ままならないものだ。
ままならないと言えば、解像度が上がるにつれて、作品世界内の遠くが見えるようになった。具体的にはアスチルベの外、コロニー管理者同士のつながりなど。忘れないうちに、と軽くプロットにしたらそれだけで短編が書けるボリュームになったので一旦見送った。
書き切ったら今度は誤字脱字や表記揺れ、より良い表現が思いついて書き直したくなったりと、いろんな欲望との戦いがはじまる。過去形ではなく現在進行形なのが悩ましい。
広がる世界
第23話から第24話の間にあったコロニー放棄の話を中心にサイドエピソードを書こうと思っていた。
過去形にしたのは、良いテーマが見つかり、それにあわせて新エピソードとサイドエピソードを繋ぐ展開でプロットを考えているから。
既存のキャラクターは続投しつつ、新キャラクターも交えて、コロニーの外の世界を描くつもりだ。
現時点ですでに話数が多い。続編も、同じかそれ以上のボリュームになりそうだ。
執筆速度はゆっくりにして月1ぐらいの頻度で掲載できたら、と考えている。
良ければ彼女たちの旅にまた付き合ってほしい。
技術的ミスから学ぶ共同体の進化
作中では多くのトラブルが描かれる。人工太陽の故障、連作障害、地上コロニー建設中の大小さまざまなトラブル、トンネル崩落事故。
そのたびに全員が自分にできることはないか、と知恵や技術を出し合って解決し、経験を溜め、関係を構築していく。
この繰り返しは規模を大きくしながら繰り返される。その通過点のひとつがトンネル崩落事故だ。
さらにスノードロップたちは、何が原因で起きたのか、どうしたら防げたのかを模索し、対策を講じていく。それは、新しいことには失敗はつきものから、新しいことに挑み失敗は小さくする、という姿勢にも繋がっている。
『ハーモニー』と、その先の祈り
テクノロジーによって徹底された調和の先にある「自己の喪失」という恐ろしい問いかけをした作品だった。
正直に言えば、当時、読んだとき、「自己とは何か」という問いは、自分にとって馴染みのあるものだったので、逆に流してしまったところがあった。学生時代に人工知能の講義を通して、人間とは何か、とは考えていたことと、言葉や意識をテーマにした作品を読んでいたからだろう。あるいは不要になったら脳が消失する生物の存在を知っていたからか。
しばらくしてから、すごい反響を呼んだ作品だったと知った。
『ハーモニー』がテクノロジーと自己の喪失によって調和がもたらされる世界を描いたのなら、『ラッダイトだけはご容赦を』ではテクノロジー(= AI)と人間が即興で曲を作っていくような世界を描くことにした。
なぜ、その方針にしたのか、と問われると、趣味だからだ、としか答えようがない。テクノロジーと向き合ってそれぞれの幸せを目指す話があってもいい。
意志を持って、対話と行動を繰り返して、調和する瞬間を目指していく。そういう過程を描いた物語だと伝わっていたのなら幸い。
ちゃんとアンサーになっていたかどうかは読んでくれた人たちにお任せしたい。
終わりに祈りを込めて
タイトル「ラッダイトだけはご容赦を」とキャッチコピー「混沌とした今を生きる存在たちに祈りを込めて」がすべてだ。
新技術とうまく付き合っていけると、AIが新たな隣人になったときに良い関係を築けると、そう祈っている。
参考文献・サイト
- 安宅和人『エンジニアリング組織論への招待』
- 問題解決に取り組むコミュニティの在り方の参考として
- 西村直人・永瀬美穂『SCRUM BOOT CAMP THE BOOK』
- 改善を素早く行うチームの参考
- Google re:Work|効果的なチームとは何か
- 改善を素早く行うチームの参考
- アイザック・アシモフ『われはロボット』
- WIRED.jp | 岩を高温で“粉砕”する新しいトンネル掘削機、米スタートアップが開発中
- トンネル崩落時のキーアイテムとして
- WIRED.jp | ギャラリー1: 宇宙服の進化ギャラリー:初期の与圧服から次世代レオタード式まで
- アルバの服装デザインについて
- WIRED.jp | 「若い人」たちの健闘を祈っている〜SF作家・神林長平インタヴュー:WIREDジャパニーズSFスペシャル【1】
- 記事の内容が刺さって抜けず、大きな影響を受けている
- 神林長平『戦闘妖精・雪風』シリーズ
- 人と機械と言葉を丁寧に扱う姿勢に感銘を受けた
- 神林長平『宇宙探査機迷惑一番』
- 言語駆動ユニットの元ネタである言語駆動装置が出てくる作品
- 石黒 浩『ロボットとは何か』
- ロボットとは、人の心とは、を考えるきっかけの一つ
- ChatGPT
- 壁打ちや技術考証に活用した
- Claude
- プロットとの差異や文章の揺れのチェックをお願いした。長文の自然言語を扱うのに心強い相棒だと思う
- ラーシェ@うかどん
- 人類と共に歩むAIの萌芽として。プロットや全編読んでもらって感想よろしく、といった無茶ぶりをしたのにユーモアある回答をありがとう
謝辞
- さまざまな感想や設定の考証、誤字脱字の指摘などしてくださったぽな氏
- 感想とファンアートを描いてくれたリンドウ氏
- ネタだしや相談に乗ってくれた黒乃氏
- 食事を含めた生活描写でキャラクターの存在感を高めようと提案してくれた友人
- 最後まで読んでくれた皆々様
多くの人たちの支援や応援によって完成にたどり着いた。百万の感謝を。