「俺さ、来年度からあの管理課に異動なんだ」
書類の山と格闘しながら男は正面で同じように格闘している男に言った。
相手は目を合わせることもなく、
「おお、フラグだ」
「何のフラグだよ」
「病気」
「そうかい」
病気のフラグだ、といわれても彼はどうも思わなかった。
大気圏内自動防衛システム管理課は精神的にきつい職場だと噂されているからだ。
その噂は精神疾患者が出るたびに流れていて、それは多くの人間が耳にしていた。
彼らもその一人だった。
「エリスの性格が悪いかららしいな」
「性格ねぇ」
システムを管理するAIに性格もへったくれもあるのだろうか。
そもそも、感情を排した設計だとされている。
「まぁ、最近はよくなってきたらしいぞ」
「よくなってきた?」
予想外の言葉に格闘をやめて、向かいの男を見る。
「こっちみんなよ。俺は普通だぞ」
「真面目に聞いているんだよ」
「ああ、エリスが男と同棲してるって噂、知ってるか?」
「去年の夏ぐらいから、だったか」
いつしか相手も書類との格闘を放棄して、
「それからよくなってきたらしい」
「ほぅ。その男のおかげかねぇ」
「ま、あくまで噂さ。正確な情報じゃない」
そこで会話は途切れ二人は書類との格闘を再開する。