目を開いても見えるのは闇だ。
奥行きが感じられる闇ではなく、壁を黒く塗ったような平面の闇。
手を動かそうと思って、手が無いことに気がついた。
立とうにも足が無い。
目を開いたと思っていたが目など無かった。
耳を澄ませようにも耳が無い。
だが、声が聞こえる。
微かだがはっきりと自分の名を呼ぶ声だ。
目が覚めた。
変わった夢を見ていた。
ぼんやりとしか覚えていないが、悪い夢ではなかった。
いい夢でもないが。
「おはよう」
聞きなれた、どこか懐かしい声。
「おはよう、エリス」
はっきりと発音できた。
ただ、どこか遠くに聞こえる。
「調子はどうだ?」
「全系統異常なし、だ。モニタリングはできているのだろう?」
「そうだ」
人間としての自分は数時間ほど前に終ったようだ。
今の自分は自分だが人間ではない。
先ほどのやり取りでそれがわかった。
「ここはX-2の非常用コックピットだ」
「ふむ」
ようやく、体の感覚が掴めて来た。
見渡せば少々、広めのコックピットだ。
彼はそのコックピットにあるシートに横たわっている。
エリスの声はコックピットのどこかにあるスピーカーから聴こえる。
彼女といえる姿は無いが、彼女の気配は、する。
「俺が死んでから2時間56分か」
死んだ実感は無い。
体が死んでも精神は死んでいないのか。
「人間としての一騎だ。一騎は生きている」
「そうだな。まぁ、ジャム人間のようなものだ」
「ジャム人間より優秀だ」
いつものように自信に溢れた調子でエリスは言った。
「それもそうか」
「身体はXH-00の系統と同じものを用意した」
「XK-00に収まるのかと思っていたが」
「本体はXK-00だ。現在はX-2権限でXK-00を封じている」
「この身体に慣れるためか」
「そうだ」
「エリス」
「何だ?」
「ありがとう」
「一騎は私の機構の一部だ。私を維持する上で重要な存在だ」
「そう来ると思っていた。人間の言葉で返す。愛してる」
つくづく
彼と彼女にとって器というのは関係ないのだな、と。
見方を変えれば狂気なのだろうけど、当事者がそう思っていないので問題ない。
しかし、ジャム人間という単語を使っても会話が成立するのはすばらしい。