「田辺は私と居ることをどう思っているのだ?」
「どうって、いきなり訊かれてもな」
「得るものがあるのかどうかだ」
「一緒にいて楽しいよ」
「それだけか?」
「お前はどうなんだよ」
「人間とは何かを知っていく。田辺とは何者かを知っていく」
「楽しくはないのか?」
「楽しいと呼ばれる感情はわからない。だが、一緒にいる理由は知っている」
「……」
「互いの欠点を補うためだ。人間が集団を形成および対になる理由だ」
「相手の把握はその一環……」
「そうだ」
「……」
「理由が見つからないのなら、一週間後にこの関係を終了する」
「なっ」
「私は寄生することを望んでいない」
「待てよ、エリスっ」
自分はどう思っているのだろうか、と田辺は自問自答する。
エリスは田辺のことを自分の機構の一部だと言った。
それに対し、田辺はそれを愛することの結果だと返した。
エリスからの告白と解釈して良いだろう。
それに対し、田辺は未だに返答をしていない。
今回は業を煮やしたと見るべきだ。
「何やってるんだろ」
綺麗になった部屋の真ん中に寝ころびながら天井を見る。
つい、一週間前までは散らかり、薄暗い部屋だったのが今は違う。
寝ころんでも問題がないぐらい綺麗になり、部屋には夕日が差し込んでいる。
似たようなことが昔もあった、と彼は思い出した。
あの時はこちらが主導権を握っていたが、何かの拍子で主導権争いに発展しそうになったのだった。
主導権が田辺にあるうちに田辺はその女をふった。
「いや、逃げたんだ」
彼女なら逃亡したのだ、と言うのだろうか。
エリスが今日の今日まで付き合ってくれていたのが奇跡だ。
とにかく、俺は彼女をどう思っているのだろう、と言うのが最大の問題だろうか。
「……断定すら出来ない?」
自分に主導権が無いからだ、と気づいてはっとする。
身体を起こすのと涙がこぼれるのは同時だ。
右の手でこぼれる涙をぬぐいながら、田辺は静かに泣いた。
どれぐらい泣いたのかはわからないが、いつの間にか夕日は沈み空には月が見える。
さっきまでのどろどろとした感情は消えて、残っているのははっきりとした感情だけだ。
俺はエリスが好きだ。
だが、彼女と対等になるにはそれだけでは足りない。
明確な理由が必要だ。
エリスは自分の機構の一部だと言った。
田辺を一部として認識することで、人間を理解できるようになったとも言った。
俺はどうだ?
それに対して、自分も必要だとしか返していない。
どう、必要なのかが答えられていない。
エリスを見ている自分も頑張らなければと思える、と言うのはエリスを見てそう思えただけであって、エリスと一緒に居ることはない。
少なくとも、X-2のエリスと一緒で無くても良い。
「俺が彼女の一緒に居たいのはなぜだ? 考えろ、考えるんだ」
相手はAIだ、それでも良いのか、と疑問が沸くがすぐに斬り捨てる。
身体を構成するものが何であれ、エリスはエリスだ。
エリスが好きであり、必要なのはわかっている。
そうだ、自分には無い要素を持ち、自分の欠点を埋めてくれる存在だから好きであり、必要なのだ。
「だが、あいつはその先に行ける」
田辺を通してエリスは人間の感情を理解していく。
人間の感情を理解できるようになったら、エリスは田辺を捨てるのだろうか?
答えが出てこない理由はこれではないか、と田辺は思う。
自分の答えを出したところで、それが弱ければ、そう遠くない未来に離れていくはずだ。
「此処で止められなければ、すぐにでも離れるか」
田辺は苦い笑いを浮かべて、ゆっくりと立ち上がる。
結局のところ、エリスのように他人を自分の一部として認識する覚悟が足りていないのだ。
言い換えれば、他人を愛する覚悟ができていない。
なるほど、この事態はすべて自分が引き起こしたことではないか。
望む望まないにしても、行動には結果が付きまとう。
その結果がこれだ。
エリスは寄生することを望んでいない、と言った。
「エリスが寄生?」
寄生するのも生き方の一つではあるが、エリスと寄生と言う言葉は結びつかない。
エリスはそう言う立場にはない。
だが、彼女は寄生することを望んでいない、と言ったのだ。
エリスは田辺を利用して、人間の感情を理解している、とも言っている。
俺はどうだ、と問えばエリスに対して、これといったことをしていない。
エリスを利用して何かを得ようと思ったことがなかった。
そう考えると、エリスの言葉の意味が見えてくる。
「共生、か」
エリスが田辺を必要とするように田辺もエリスを必要とすればいい。
互いに互いを己の一部の認識し、利用し合う。
欠点を補うだけでなく、互いに発展していく。
人間同士でも本来はそうなのだろう。
他人に自分を委ねることでもあるし、相手を信頼しなければ出来ないことでもある。
「エリスを信用できない?」
あまりにも真っ直ぐ過ぎて受け入れられないだけだ。
過去の経験から言えばそうだ。
自分の欠点が浮かび上がってくる。
それをどうにかしようと思って、少しずつだが動いている。
少しずつ過ぎて、エリスが先に動いたのだ。
この関係を終わらせるために。
シャワーを浴びて、身体を良く拭き、寝間着を着て折りたたみ式のベッドに寝ころぶ。
寝ようと思ってもとてもではないが寝られそうに無かった。
そもそも、人間やAI、恋愛という言葉に縛られていないか、と田辺は思考を整理する。
俺はエリスを必要としている。
自分の欠点を埋め、欠点を修正し、先に行くため……生きる為に、だ。
問題が片付いた後も、効率が良い限りは一緒に居続ける。
生きるという課題をこなすための特別なチーム、運命共同体。
今ならそう思える。
その答えを彼女がどう受け止めるかはわからない。
受け止められなかったら、受け止められなかった、それだけの話だ。
「決まり、だな」
逡巡が途切れたところで、田辺は深い眠りに沈んでいった。