wired raven

文字通りの日記。主に思ったことやガジェットについて

 階段を上るアズリエルの髪を風が揺らす。髪を押さえながら上を見れば、屋上に続く扉は開けられたままで、風と月の明かりを招いていた。
「今日は満月だったっけ」
 建物の中の暗さに慣れた彼の目に満月の光は眩しすぎた。目を細め、腕をかざしてあたりを見る。もともと、防水膜や配管のメンテナンスにしか使われない場所だ。本来は人のいない場所であるが、
「あ……」
 アルギズ、と名前を呼ぼうとして、途中でやめた。彼女の背中を見れば、羽のようなものが大きく伸びている。過去に見た彼女の背中の羽の色は闇を溶かし込んだような黒だった。しかし、今見えるのは七色の光を放つ羽だ。
 満月と錆びた配管と羽のある少女……あまりにも不釣合いな組み合わせにアズリエルの思考が止まる。が、すぐに頭を振って、
「アルギズっ」
 呼びかけと少女が振り返るのは同時。
「こんばんは、アズ」
 微かに浮かべた笑みが月明かりに照らされる。
「探しに来たのに随分と余裕だね」
「ミーティングのことですか」
 ほんと、随分と余裕だね、と少年は小さく繰り返す。
「すみません。……ちょっと、風に当たりたかったもので」
 そういって少女は視線を背中の羽に向ける。
「なるほどね。皆には適当に言っておくから、もう少し好きにしてるといいよ」
「ありがとうございます」
 適当な言い訳を考えながら、彼は回れ右をして階段に向かう。少し違う風が後ろから吹き、束ねた髪が身体よりも前に流れる。
 振り返れば満月すら背景にして、彼女は夜空を舞っていた。