wired raven

文字通りの日記。主に思ったことやガジェットについて

アドストラトスフィア(8)

8. 49時間前 EW内 ギルド「エンケの空隙」拠点

この古風な城の拠点には作戦指揮所と呼ばれる部屋がある。
石造りの城にはおおよそ似つかわしくない大型ディスプレイや通信機、高性能なコンピュータが所狭しと並んでいた。
基本的にはここから指揮を出すことはなく、他のギルドとの連携や情報収集などをここですべてやっている。
いくつか部屋をわけることも考えられたが、機械が高性能であり専門の部屋を作る必要はないとのスグリの一言で却下された。
実際、この部屋一つにある設備と人員で事が足りるので正しい判断だった。
「はふ」
あくびをかみ殺した声が部屋に響いた。
ここにある機械類は静音性が高いので、人の会話の邪魔にならない。
ニノは慌てて周囲を見回して、自分のほかに誰もいないことを思い出した。
1週間ぐらい前までは散発的に戦闘が起こり、アラートが鳴っていたものだがここ数日は嘘のように静かだ。
そして、ニノの本体は、つまりはプレイヤーは操作系をイメージ操作からマニュアル操作に切り替えた。
ヘッドマウントディスプレイから正面の薄型TVに映像が切り替わり、コントロールもソファのサイドテーブルにおいたゲームコントローラに移る。
かけていたヘッドマウントディスプレイをあげてから、キャラクターが何を念じても動かないことを確認すると、ニノのプレイヤーは伸びをした。
それからかけていた眼鏡を外して、レンズを丁寧に拭いて、再びかける。
「んー……」
時計を見れば23時だ。
寝るには良い時間だがもう少し起きていたい気もする。
明日は学校が休みで、もうしばらくしたら、普段話せない面子もやってくるだろう。
特に社会人とは平日に全く話せない。
そう考えてニノのプレイヤーはコーヒーを飲むことにした。
あまり、苦いのは飲めないので、ミルクたっぷりになってしまったがおいしいので問題はないだろう。
ちょっとばかり寒いという理由で一番上まであげていた紫のジャージのファスナーを少し下ろし、
「これ、見られたら死んじゃうなぁ」
とニノのプレイヤーは呟いた。
TVを見ればそれなりに着飾ったニノがその中にいる。
「ちぐはぐな感じ……」
誰かを待ってこうやってコーヒーを飲んでいる。
物質世界の自分はあまり人に見られたくないような格好で、仮想世界の自分は人に見られても問題ない格好で、誰かを待っている気持ち。
「うん、ちぐはぐ」
と一人、納得してコーヒーというにはあまりそれを一口飲む。
カップを持ったまま、ニノのプレイヤーはソファに腰を下ろした。
もう少しそこで待つか、別の部屋に移動するか、と考えているとTVがけたたましいアラート音を響かせた。
「え」
カップをサイドテーブルに載せて、ヘッドマウントディスプレイを装着する。
操作系をイメージ操作に切り替えて状況を確認する。
ニノの正面にある巨大な主ディスプレイには大陸地図に重ねて戦闘中のギルドが表示されていた。
エンケの空隙の支配領域の縁にいるギルドの拠点が襲撃されているのだ。
数は50、54、60、毎秒ごとに増えている。
緊急時の手続きに乗っ取って、コンソールにあるガラスを破り緊急連絡ボタンを押した。
アラートが城全体に鳴り響く。
長い、夜が始まった。