青年は自分のおかれた状況が理解できずにいた。
少なくとも自分の知っている場所ではない。
壁は小さく切り出した石を積み重ねたものだ。
照明は見慣れた電気の明かりではなく、ろうそくか何か燃やしているものだ。
昨晩は学校の友人の家で出たばかりの格闘ゲームの相手をさせられていた。
夜の1時ぐらいまでやり倒した後、軽く酒を飲んでバカな話をして解散したはずだ。
確か、3時だ。
自室のベッドに倒れ込むように寝る時、視界に一瞬だけ目覚まし時計が入った。
記憶が正しければだが。
だが、今、自分がいるのは自室ではない。
上着のポケットから取り出したVIST(仮想情報空間端末)は圏外だ。
夢にしては現実感がありすぎるようにも思うがこれは夢だろう、と彼は思うことにした。
扉を開ける音。
反射的に彼はその方向を見た。
水差しを持った白の少女だ。
よく見れば頭には猫の耳のようなものがついている。
「……ゲームのやり過ぎか?」
青年の呟きが聞こえたのか、
「どうかしましたか?」
と少女が問う。
「大丈夫だ、大丈夫」
どう考えても大丈夫ではないがな、と心の中で続ける。
「でも、悩んでるような顔をしてますよ」
調子が狂いっぱなしだ、と彼は顔を手で押さえようとして、やめた。
この少女のことだからこちらのことを気遣ってくるに違いない。
「どうして、俺はここにいるんだ?」
「……覚えてないのですか?」
夢遊病者にでもなったのか、俺は、と彼は問う。
「入ってきた後、いきなり倒れてしまったしまったので……」
「それは迷惑をかけたな」
困ったような笑みを浮かべるだけで言葉はなかった。
「どうやら、俺は少しばかり変わった夢を見ているようだ」
少し驚いた表情で少女は青年を見る。
耳がぴんと立っているので驚いているに違いない。
尻尾があれば同じようになっているのだろう。
青年の位置からは見えないが。
「……寝て覚めたらいるべき場所にいる、と思う」
「ねこが眠るお手伝いをしましょうか?」
「横にいてくれ」
少女の言葉の意味を理解したのかしなかったのか、彼はぶっきらぼうにそう言った。
早く覚めてくれ、と彼は彼女の返答を待たずに瞳を閉じる。
人に横の気配、恐らくその少女だろう。
青年は心の底にあった緊張が解れていくのを感じた。
額に何かが触れる感触。
少女の手だろう。
その指は少しばかり細いが優しい。
懐かしさを覚えながら、彼は眠りに落ちた。
遠くから何か音が聞こえる。
規則正しい高い電子音。
布団を被ったまま、時計の位置を手で探り拳で叩いて止める。
寝返りを打って天井を見れば、見慣れた自分の部屋だ。
「……見慣れた、か」
今日の夢は随分と変わった夢だった。
詳細を思いだそうとしたところで、頭が痛みを訴える。
調子に乗って飲み過ぎたか、と彼は頭を抑える。
おぼろげに見えていた夢のイメージが消し飛んだのがわかる。
夢の記憶が脆いと聞いたことはあるが本当らしい、とだるい身体をひきずり、買い置きの薬を探しながら彼は思う。
しかし、と彼は続ける。
不思議と優しい夢だった。
詳しくは思い出せなくても、それだけ覚えていれば十分だ。
区切りをつけて彼は日常に復帰した。