wired raven

文字通りの日記。主に思ったことやガジェットについて

実験的なお話(4)

「いつまで目を閉じてるの?」
問うてもクレードルは答えてくれない。
「あれ?」
目を開くと見慣れた本棚が飛び込んだ。
母親が選んでくれた絵本、父親が選んでくれた少女にはちょっと難しい図鑑が並んでいる。
「えっと、どの本を取ろうとしてたんだっけ」
クレードルに会う前に何か本を取ろうとしていたことまでは覚えている。
今の姿勢は本棚に手を伸ばしているものだ。
とろうとした直前にクレードルと会った。
「むぅ」
ふくれたところで何の本だったか思い出せなかった。
「あ」
そこで少女は大事なことを思い出した。
この夢を見た理由だ。
ちょうど、母親は買い物、父親は仕事で不在なのだ。
どうやっても挨拶することはできない。
「……」
少女はうなだれた。
が、その姿勢は数秒で崩れた。
立ち上がり、部屋のドアをあけて廊下に出た。
迷うことなく、階段を勢い良く降りて居間の扉まで来た。
そこであることに気づいた。
「そろそろかな」
「早かったわ」
「本当にはやかった。仕事を早めに切り上げて来て正解だ」
「あなたは変な勘を働かせるのが上手ね、昔から」
「機転が利くと言ってくれ」
何か難しい話をしているようだが、声は聞き慣れた両親のものだ。
少女は扉をあけて、居間に飛び込んだ。
「お父さん、お母さん……」
いすに座っていたスーツ姿の父親は立ち上がって、腕を広げた。
部屋に飛び込んだ勢いのまま、少女は父親に飛びついた。
「どうしたんだい。泣きそうな顔をして」
父親は優しく声をかけてきた。
伝えたいことがあるのにうまく言葉にならない。
気持ちがいくつも複雑に絡まりあり、
「――」
息をひっと短く吸ってから少女は大きな声で泣き出した。
父親は優しく頭を撫でながら、屈んで少女の目線の高さに合わせる。
「いろいろあったのだろう?」
少女は泣きながら、頷いた。
「ここがどんな場所かも教えてもらったんだね」
涙をぬぐい、泣くのをやめようとしながら、
「……うん」
「そうか」
確認するように父親は言った。
母親は二人のやり取りを優しく見守っている。
「だから、さよならって……挨拶……」
声が小さくなり、再び泣き出しそうな少女。
「さよなら、ではないよ」
父親の言葉に少女はきょとんとした。
「いってきます、だ」
「でも」
「これは夢の世界なんだ。夢は見ようと思えばいつでも見られる」
「よくわかんない」
「今は言葉だけ覚えておいて欲しい。君は、一人じゃない。いつまでも僕らの子どもだよ」
「ずっと、夢の中にいられても困るけど」
と母親が笑う。
「そうだね」
つられて父親も笑った。
「なんとなく、わかった」
と少女は言った。
「えらいわね」
母親も少女の頭を撫でた。
「時間かな」
壁掛けの時計を見て父親。
その言葉に母親は頭を撫でるのをゆっくりとやめた。
「遅刻?」
少女の言葉に両親は揃って笑った。
その理由がわからず少女の頭上に疑問符が浮かぶ。
「遅刻、ではないけど、あまり待たせるのもよくない」
「ゆりちゃんのこと?」
「彼だけではなくて、ほかの人もね」
母親が優しく答える。
こく、と少女は頷いて、
「手、繋ぎたい」
両親が反応するよりもはやく、少女は己の左手に父親の右手、右手に母親の手を握って、
「お外まで」
父親と母親は目を合わせてから、同時に頷き、少女に合わせて歩き出す。
遠足か何か行くように少女の足取りは軽い。
あっという間に玄関だ。
少女は靴を履いて、玄関のたたきに立った。
玄関の扉をあけながら、
「いってきます」
「いってらっしゃい」
男女は少女を笑顔で送り出した。