「いつまで目を閉じてるの?」
問うてもクレードルは答えてくれない。
「あれ?」
目を開くと見慣れた本棚が飛び込んだ。
母親が選んでくれた絵本、父親が選んでくれた少女にはちょっと難しい図鑑が並んでいる。
「えっと、どの本を取ろうとしてたんだっけ」
クレードルに会う前に何か本を取ろうとしていたことまでは覚えている。
今の姿勢は本棚に手を伸ばしているものだ。
とろうとした直前にクレードルと会った。
「むぅ」
ふくれたところで何の本だったか思い出せなかった。
「あ」
そこで少女は大事なことを思い出した。
この夢を見た理由だ。
ちょうど、母親は買い物、父親は仕事で不在なのだ。
どうやっても挨拶することはできない。
「……」
少女はうなだれた。
が、その姿勢は数秒で崩れた。
立ち上がり、部屋のドアをあけて廊下に出た。
迷うことなく、階段を勢い良く降りて居間の扉まで来た。
そこであることに気づいた。
「そろそろかな」
「早かったわ」
「本当にはやかった。仕事を早めに切り上げて来て正解だ」
「あなたは変な勘を働かせるのが上手ね、昔から」
「機転が利くと言ってくれ」
何か難しい話をしているようだが、声は聞き慣れた両親のものだ。
少女は扉をあけて、居間に飛び込んだ。
「お父さん、お母さん……」
いすに座っていたスーツ姿の父親は立ち上がって、腕を広げた。
部屋に飛び込んだ勢いのまま、少女は父親に飛びついた。
「どうしたんだい。泣きそうな顔をして」
父親は優しく声をかけてきた。
伝えたいことがあるのにうまく言葉にならない。
気持ちがいくつも複雑に絡まりあり、
「――」
息をひっと短く吸ってから少女は大きな声で泣き出した。
父親は優しく頭を撫でながら、屈んで少女の目線の高さに合わせる。
「いろいろあったのだろう?」
少女は泣きながら、頷いた。
「ここがどんな場所かも教えてもらったんだね」
涙をぬぐい、泣くのをやめようとしながら、
「……うん」
「そうか」
確認するように父親は言った。
母親は二人のやり取りを優しく見守っている。
「だから、さよならって……挨拶……」
声が小さくなり、再び泣き出しそうな少女。
「さよなら、ではないよ」
父親の言葉に少女はきょとんとした。
「いってきます、だ」
「でも」
「これは夢の世界なんだ。夢は見ようと思えばいつでも見られる」
「よくわかんない」
「今は言葉だけ覚えておいて欲しい。君は、一人じゃない。いつまでも僕らの子どもだよ」
「ずっと、夢の中にいられても困るけど」
と母親が笑う。
「そうだね」
つられて父親も笑った。
「なんとなく、わかった」
と少女は言った。
「えらいわね」
母親も少女の頭を撫でた。
「時間かな」
壁掛けの時計を見て父親。
その言葉に母親は頭を撫でるのをゆっくりとやめた。
「遅刻?」
少女の言葉に両親は揃って笑った。
その理由がわからず少女の頭上に疑問符が浮かぶ。
「遅刻、ではないけど、あまり待たせるのもよくない」
「ゆりちゃんのこと?」
「彼だけではなくて、ほかの人もね」
母親が優しく答える。
こく、と少女は頷いて、
「手、繋ぎたい」
両親が反応するよりもはやく、少女は己の左手に父親の右手、右手に母親の手を握って、
「お外まで」
父親と母親は目を合わせてから、同時に頷き、少女に合わせて歩き出す。
遠足か何か行くように少女の足取りは軽い。
あっという間に玄関だ。
少女は靴を履いて、玄関のたたきに立った。
玄関の扉をあけながら、
「いってきます」
「いってらっしゃい」
男女は少女を笑顔で送り出した。