アリウムのプレイヤーが目を覚ましたのはついさっきの事だ。
目覚まし時計を見れば、朝の6時40分とはやい。
外はまだ暗く、空気もどこか夜の気配を含んでいる。
布団から出たくは無い、と思っていても目は覚めてしまっている。
「えいっ」
声を出して布団を押しのければ、冷たさが身体を襲う。
「さすがに無茶だったかなぁ」
自分の身体を浅く抱きながら、ベッドから降りて着替え始める。
脱いだパジャマをたたんで箪笥の上におくと、部屋を出て1階の居間に向かう。
父親を見送りながらの軽い朝食を済ませて、自分の部屋に戻るとさっそく、端末の電源を入れて、メールを確認する。
いくつかスパムメールがあったようだが、フィルタリングされて消えている。
受信ボックスにギルドマスターからのメールがあった。
差出人はオールトの雲ギルドマスター、件名は交流戦について、だ。
「交流戦?」
疑問をそのまま、口にしながらメールを開く。
本文を読めば疑問は解けるがさらに声を呼んだ。
驚きの声だった。
『今回の交流戦、なかなか、面白いカードですねぇ』
『エンケの空隙のスグリとオールトの雲のアリウム、です。えー、氷のスグリといえばご存知の方も多いでしょう』
『この街の人は皆知っているかと』
『という事で、今回はアリウムの紹介をしようと思います。職は剣中心の銃剣士とあります。実際、攻城戦においても剣が中心の戦いをしています』
『そのまんまですねぇ』
『彼女の強みは時折混ぜる銃撃ですよ』
『ほぅ。でも、時折なら弱いんじゃないでしょうか』
『そう思わせるのが彼女の策なのかもしれませんよ』
『なるほど、混乱させるのが得意な解説はアパカタ。実況は私、通行人Bでお送りします』
このフィールドには自分達しかいないが、戦いの様子は皆が見ている。
以前は観客席を設けてあったのだが、観客が乱入し戦いが中断されることから今の形となったのだ。
狭いフィールドの中央に2つの人影がある。
一人は黒の衣装を身にまとった魔術師スグリ。
一人は白の衣装を身にまとった銃剣士アリウム。
「緊張しなくてもいいわよ」
声をかけてきたのはスグリの方だ。
「大丈夫だよ。そういうスグリは?」
不敵な笑みを浮かべてアリウムが返す。
スグリは呼び捨てにされたことも構わず、微笑みすら浮かべて、
「緊張なんて縁のない話よ。お互い、楽しみましょう」
「うん」
試合開始まで互いにその姿勢を崩さない。
二人の距離はおよそ、5m程度しか離れていない。
この間合いは魔術師にとっては非常に不利な距離だった。
詠唱には時間を要するので、20mは距離を離さなければならない。
だが、この距離なら走れば一気につめられてしまう。
非常に銃剣士が有利な設定にしてあった。
二人の中央、大きなホログラムに10と数字がでる。
カウントが始まる。
アリウムには数字の切り替わる瞬間が非常に長く感じられる。
強がりは言っても緊張しているのだ。
相手はあのスグリなのだから、と自分に言い聞かせる。
この間合いならすぐに近寄って、口を封じれば攻撃はできない。
それぐらいは向こうも承知の上だろう。
中距離からの攻撃を仕掛けるか?
いや、それは向こうの得意な間合いでもある。
一か八か飛び込むか。
数字が0になる。
アリウムは地面を蹴って疾走、赤い髪の毛が風に流れる。
対するスグリは動きを見せず、いや、唇が動き詠唱をしている。
詠唱を完了させる前に仕掛けなければ、こちらが不利になる。
残り1m、この距離なら右腕の剣が届く。
思考と同時に身体が動き、剣をスグリの顔面に向けて打ち込む。
剣から伝わるのは硬い感触だ。
頭蓋とは別の。
「良い判断だわ」
顔面に剣が迫ったというのにスグリの声は動じていない。
スグリの右手には大きな氷柱が握られていた。
それがアリウムの剣を受け止めたのだ。
アリウムはバックステップして距離を取った。
「さすがはスグリ様」
「度胸があるのは良いわね」
「それはどうも」
言い終わると同時に斬りこむ。
狙いは右側面だ。
それも氷柱の剣に阻まれ届かない。
すぐさま、左の銃を発砲。
至近距離の一撃。
「残念でした」
緑の光の盾が銃弾を受け止めている。
シールドだ。
「でも、これでシールドは使えないよ!」
「シールドに頼っていたら近距離では戦えないでしょう?」
同時、アリウムの右手をスグリの左手が掴んだ。
一本背負いの要領で投げられる。
一瞬、灰色の空が見えて、落下。
アリウムは受身を取り転がる。
「アイスブラスト」
術名で詠唱は確定だ。
飛んでくるのは無数の氷の矢。
アリウム、転がる力を使い身体を起こしてサイドステップ。
正面を見ればスグリが詠唱を開始している。
右の手で左の銃を支えて発砲。
銃声と同時に再び、氷の矢が飛んでくる。
金属と氷の弾丸がぶつかりあり、互いに互いを食い止め、砕く。
硝煙のこぼれる銃をおろして、姿勢を楽にしてアリウムは問うた。
「どうして、さっきは詠唱しなかったの?」
「さっき?」
「とぼけないでよ。始めたばっかりのときにどうしてさ。これだけ早いなら倒せるじゃないか」
「やろうと思えば出来たわ」
目を閉じて笑みを浮かべながらスグリは応えた。
「ずるいよ。そんなの」
「ずるくはないわ。交流戦だもの」
一息おいて、
「演技をするのはどうなのかしら?」
「作戦の内だよ!」
アリウムが疾走を開始する。
今度は左から回り込む形での突撃だ。
彼女の正面から撃ち込まれてくるのは先よりも密度の高い氷の弾幕。
目で追い、サイドステップでかわし、銃撃で砕き、スグリとの間合いを詰める。
「追加よ!」
追加されたのは巨大な氷塊だ。
回避も銃撃も間に合わない。
ならば、使うのは右の剣と一体になっているシールド。
鋭角に展開すれば、実体のない巨大な剣となる。
地面を全力で蹴って身体を前に飛ばす。
それは飛翔とも言えるもの。
意志を伴った剣が氷塊を文字通り砕く。
氷の破片の向こうに見えるのは笑みを浮かべたスグリ。
シールドの刃先がのど笛に届く直前で効力が切れた。
刃先から消える。
だが、シールドの本体である刃は消えない。
「いっけぇ!」
声と共に繰り出した右の剣が氷の剣に阻まれる。
左の脇腹に熱を覚える。
視界に被さる形で右上に被ダメージを知らせるメッセージ。
「でも……」
アリウムの左腕の銃口から硝煙が上がっている。
見ればスグリの右の脇腹を撃ち抜いている。
今の描画設定では血を確認できないが、致命的なダメージを与えたはずだ。
「やるわ、ね」
暗くなる視界の中でスグリがゆっくりと倒れていること。
そして、自分も倒れていることを感じながら、アリウムの意識は途切れた。