「よせ、そいつはNPCだ。放って置いても問題ない」
「バカ野郎! まだ、こいつは生きてるんだぞ! 見捨てられるかよ」
「バカはお前だ! お前まで死んだらどうする?」
「下がるならお前一人で下がれよ。俺はこいつといる」
「くそっ」
「しっかりしろ、すぐに助けてやる! 大した傷じゃない。すぐに元気に」
「――」
「!!」
目を覚ませば布張りの天井が見える。
野戦病院だ。
横を見れば、相棒の狙撃手が呆れた顔でイスに座っていた。
背もたれに顎を乗せて、こちらを見ている。
「……俺、やられたのか」
「見事に死んでたぞ」
「あのNPC、助けられなかった」
「あれだけの傷、どうやって治療するんだ? 延命しただけ苦痛を与える。お前の自己満足だ」
「それはわからない。あいつ、最期まで俺の手を掴んでいた」
「それこそわからないな。痛みのせいで握っていたことだって考えられる」
「本人にしかわからないってのはお前の口癖じゃなかったか」
はぁ、と男は深いため息をついて、
「お前さ。感情で動きすぎなんだよ」
「だろうな」
「今回の戦いは勝ったからいいが、負けたらうるさいぞ」
「知ってる」
「これだからな。当面はそのキャラクター、動かせないと思ったほうがいい」
「あちこちに切断と破砕判定がでてる。砲弾の直撃でも喰らったらしい」
「いい機会だ。廃人プレイやめて、リアルをエンジョイしてこい」
「表現が古いな」
「知るか」
キャラクターの移送が終わると、言われたとおりにログアウトして、現実に戻ってきた。
ヘッドマウントディスプレイとセンサー付グローブを外して、机の横に引っ掛ける。
伸びをすれば、肩にかかっていた髪が静かに背に流れる。
手鏡を見ると目が赤かった。
「泣いていたんだ……」
自分の素の声を聞いて、自分であることを実感した。
「いけないなぁ、忘れかけるのは」
目じりに残った涙を拭ってから洗面台に向かう。
そんなに腫れてはいないし、すぐに治る。
感情移入のしすぎだ、と思い出して苦く笑う。
同時に握っていた手の感覚がよみがえって来る。
あくまでゲームだがその感覚も感情も本物だった。
「ごめん」
誰とも無しに彼女は謝る。
本人がいるわけでもないのに。
鏡の前で謝れば、自分に謝る形になる。
変な事してる、と思っていると鏡の中で端末のランプが点灯して、メッセージが届いた事を報せた。
あの相棒から何か注意でも来たのだろうか。
ディスプレイの電源を入れて、引き出しにしまってあるキーボードを引き出す。
メッセージは見知らぬ差出人からだったが、構わずに開いて、
「チャットの誘い?」
メッセージに目を通して、彼女は怪訝な顔をした。
よくないとは思いながらも、メッセージに書かれているURIを選択。
ブラウザが連動して起動し、チャットルームが現れた。
昔からあるテキストタイプのシンプルなチャットだ。
名前と文字色を入力して、入室。<<リンゴの種さんが入室>><<チャット利用者2人>><<パスワードロックされました。プライベートモード>>
ペルソナ:こんにちは
リンゴの種:こんにちは
ペルソナ:えっと、エストさんだよね
リンゴの種:今はハンドルだけど、キャラクターの名前はそう
ペルソナ:さっきは、ありがとう
リンゴの種:さっき?
ペルソナ:助けてくれようとしたでしょ?
リンゴの種:さっきってEWのこと?
ペルソナ:他に何があるのさぁ。とにかく、ありがとう。それだけが言いたかったんだ
リンゴの種:よくわからないのだけど
ペルソナ:だーかーらー、自分の身を省みずに助けようとして、ううん、助けてくれてありがとう
リンゴの種:助けてなんかいないよ
ペルソナ:久しぶりだったよ。あんな安心して死ねたの
リンゴの種:……
ペルソナ:あー、NPCの管理AIなんだ。いろんなNPCの中の人って奴
リンゴの種:聞いた事はあるけど……
ペルソナ:みんなNPCの扱いって酷いでしょ。死ぬ時も大体、戦場のど真ん中で使い捨てっていうのが多くて
リンゴの種:それは私も知ってる
ペルソナ:だから、嬉しかったよ。想ってくれる人がいるって。この気持ちはもういなくなっちゃったあのキャラのものだけど
リンゴの種:……
ペルソナ:もしも、だけど、滅入ってなかったら少しでも想ってくれないかな
リンゴの種:あなたのことを?
ペルソナ:NPCのこと。まぁ、ペルソナのことも想ってくれると嬉しいけど
リンゴの種:わかった。話が聞けて良かった
ペルソナ:話せてよかったよ。本当はこういうことってしちゃだめなんだけど、すごい心配だったから
リンゴの種:もう大丈夫だから。ありがとう
ペルソナ:それじゃ、またね。エスト兄<<ペルソナさんが退室しました>><<リンゴの種さんが退室しました>><<部屋を閉じます。>>