イルミネア大陸ノース・フォレストの北方120kmの海上。
海底地図コンプリートに情熱を燃やす男たちがいた。
彼らは攻城戦や各種生産活動、クエストなどよりもこの世界の海底地図作成に力を入れていた。
ギルドマスターにとやかく言われることもなく、ギルドメンバーとの煩わしい人間関係に悩まされることとも無縁だった。
どうも、この海底地図作成に没頭する人間にはお人好しが多いらしかった。
この付近にいるのは10名程度だ。
大体が3人前後でチームを組んでそれぞれの船に乗り込んでいる。
それぞれが調査結果を共有し、大きな海底地図を作り上げる形だ。
操作の大半は機械任せでもあって、モニターを時折見ながら彼らはのんびりと雑談を楽しんだりしていた。
男の一人が北の方を指差した。
「なぁ、何か見えるぞ」
隣で釣りをしていた男はその方を見ず、
「竜か、機竜だろ。見慣れてるだろう?」
「それなら言わないさ。雲みたいだ」
雲という表現に竿をおいて、男の指さす方角を見た。
「……なんだ?」
別方面を調査していた船から無線が入った。
『もの凄い数の機竜だ。群れなんてもんじゃない……』
『こっちも確認した。まるでイナゴみたいだ』
『何処の機竜隊だ? エンブレムも何もないぞ』
無線が入る中、その機竜の群れが頭上に辿りついた。
イナゴすら生やさしいと思えるほどの機竜、機竜、機竜、機竜。
どれも超音速戦闘に特化したタイプだ。
「陸の連中に知らせよう」
「緊急信号の方が良さそうだ」
「そのようだな……」
機竜の一機がこちらに向けて低空で迫ってきている。
彼らが緊急信号を発信するのと同時、機竜が20mm機銃を数秒間発砲。
アルミ製の船体を紙のように破り、粉砕した。
緊急信号は陸に届くことはなかったが、同胞が調査情報の送信停止に気がついた。
無線は繋がらず、困っていたところにあるプレイヤーの携帯電話が鳴った。
海上で正体不明の機竜隊と出くわし、襲撃されたという内容のメールだ。
何やら不穏そうだ、と言うのはわかるのだが、どうすればいいのかわからない。
海の上でも陸の上でも彼らは他のギルドと独立していたからだ。
とはいえ、さすがにそのままにするのも気が引けた彼は、プレイヤーの集うBBSに情報を書き込むことにした。
同じ内容の記事が既に投稿されてあって、彼はその記事に返信する形で投稿する。
そして、端末の画面を見ると、デッドダウンしたとのメッセージ。
機竜の攻撃を受けて通信施設事吹き飛ばされたようだ。
恐らく、件の機竜だろう、と溜息をついてから自分の記事に追記する。
敵は既にイルミネア大陸上空に到達している、と。
書き込みは大規模ギルドの一部が既に把握し、同盟ギルドへの緊急情報として伝達された。
機竜や機兵を有するギルドだけではなく、歩兵のみのギルドも臨戦態勢を取った。
書き込まれた記事やゲーム内で収集した情報から判断すると、正体不明の機竜隊は総数3万超。
第1世代から第2世代の機竜で構成されていると言う。
機竜そのものは既に存在するものだが、その所属も目的も不明だった。
一つ言えるのはサウス・フォレスト事件の時と同じようにプレイヤーすべてに等しく敵であること。
単機でクエスト遂行中だったブラック・アウトにも迎撃の命令が下った。
「面倒事の多いゲームだ」
「楽しそうだと判断する」
「否定しないよ」
事実、彼はこの状況を楽しんでいた。
友軍の空中管制機から無線が入った。
『こちら、空中管制機オールシーイングアイ。状況が混乱している。これより緊急編成を行う』
混乱しているという割に管制官は冷静だった。
互いの欠点を埋め、長所が埋められるよう適切な編成を勧めていく。
『ブラック・アウト、君は僚機を欠いている。ワイルドファイア、君も迷子か」
火と言う言葉に田辺は思わず眉をひそめた。
まさか、な、と。
『これよりブラック・アウトをエクスカリバー1、ワイルドファイアをエクスカリバー2とする』
「エクスカリバー1、了解」
ブラック・アウトの周囲をサウス・フォレストの戦いよりも多い数の機竜や機兵が飛んでいる。
後方から高速で接近する機兵が一機、恐らくはワイルドファイアだ。
『ブラック・アウト、聞こえるか?』
声の主と後方についた真紅の機体には見覚えがある。
「聞こえるぞ、エクスカリバー2。久しぶりだな」
『ああ、久しぶりだ。ったく、何がオールシーイングアイだ。ふざけやがって』
毒づく通信相手に田辺は苦笑しながら、
「落ち着けよ、エクスカリバー2。良く見通してるじゃないか、名前通りだ」
ふっと短く息を吐き出す音に続いて、やれやれと、
『……だな』
一息置いて、力強く、はっきりと、
『よろしく頼むぜ、エクスカリバー1』
「こちらこそ頼む。エクスカリバー2、今は休戦だ」
田辺の言葉を鼻で笑い、
『誰がフレンドリーファイアなんかするかよ。そっちこそ、へまするなよ』
笑って田辺は返した。
「誰がするものか」