「市長」 「ああ、ハルか。待っていたよ」 書類から目を離さずに小柄な少女が応じた。 「待っていた、というのなら、視線をこちらに向けてくれるとありがたいのですが」 「私は忙しい。手短に済まそう」 「あまり、手荒に扱うと拗ねますよ」 言葉は厳しいが声の調子は柔らかい。 「大の大人が拗ねるのは恥ずべきことだと思わないか?」 「冗談だとわかっているのに市長は人が悪い」 「善人であったつもりはないよ。で、本題だが」 「あの異国の騎士殿のことですね」 うむ、と市長は頷いて書類の山を横にどける。 「どう思う?」 「見た目は無限氷原の鎧に近いです」 「ふむ」 「あそこの寒さは呼吸するだけで体力を奪います。天候が悪ければ吸うだけで肺が凍る。だから、空気を温める機械を背負っているんです」 「着る暖房か」 「持ち歩く家に近いですよ。外気を遮断して活動もできます」 「でも、それではない、と」 「彼の背中は別の機械でしょう」 「門番が空をとぶのを見た、といっていたか」 「そのような能力を持った鎧は初めて聞きました」 「鎧の種類でどこから来たのかあたりぐらいはつけられると思ったが……」 市長は体を軽く抱くように腕を組んで、 「弱ったな」 「報酬の件ですね」 「簡単に言えばそうだ」 「民のため、誇りのために剣をふるう、といっても騎士も人間ですからねえ」 「腹も減れば眠くもなる。何かやれば賞賛や報酬を欲する」 「本人の意思はわからない。所属している組織にも連絡が取れそうにない、となると難しいですね」 「だから、悩んでいるのだ」 「騎士の扱いは街の名誉にも関わりますからねえ」 「他人事のように言うな」 「自分事ですよ。ぞんざいに扱わないでほしいなぁって」 「街の名誉にもかかわるがゆえに適切な報酬を用意したい。が、意思が確認できない。それが問題だ」 「無視しないでください」 市長は左腕で頬杖をついて目を閉じた。 そして、ゆっくりと開いて、 「それで、だ。君に頼みがある」 ハルは姿勢を正した。 正式な依頼が来るのだと直感したからだ。 「あの異国の騎士と決闘をして欲しい」 「剣を交えて理解しろ、と仰るのですね」 「君たちはそうしたほうが早いだろう?」 「言葉よりそちらのほうがはやいことも多いです」 「粗暴なやり方ではあるが、よろしく頼む」 「承りました」 ふ、と短く市長は息を吐いて、 「ま、広場の様子を見る限りでは人畜無害の変わり者の流れ者のようだが」 「そのように見えますね」 「ハル」 「どうかしましたか、市長」 「死ぬなよ」 「それ逆に死にそうだからやめてください。それにらしくない」 「参考までに聞くが普段、君から私はどう見えているのだ?」 「戦って死ね、と言い放つ人のように見えますね。照れ隠しだと思うと可愛いですが」 「死ぬがよい」 「それで決闘はいつにやるんですか?」 「今すぐだ」 市長の言葉にハルは驚いて目を小さくした。 「また急ですね」 「報酬もそうだが、彼の存在に疑問を持っている市民も多いのだ」 「わかりました。決闘場で準備をします」 一礼をすると彼は市長室を後にした。 「……異国の騎士はどうでる?」