「もしかして、一騎か?」
背中から呼びかける声に振り返ると、見覚えのある顔があった。
見覚えがあると言っても、四捨五入すれば10年ぐらい昔に見たことのある顔だが。
「お前、陽介か?」
「そうだよ。良く覚えてるなぁ。嬉しいよ」
と彼は人なつっこい笑みを浮かべて言った。
一騎は陽介のグレーのスーツ姿を見て、
「しかし、その格好、仕事か」
場所は防省の1Fのフロアだ。
スーツや制服を着込んだ人間が出入りの流れを作っている。
「ちょうど終わったんだ。立ち話も何だし、場所変えるか」
「そうだな、場所が場所だしな」
「AIメンテナー?」
一騎は陽介の差し出した名刺に書かれた文字を疑問符付きで読み上げた。
「そうそう。AIのメンテナー」
彼は出てきたカフェラテをおいしそうに飲みながら言った。
その様子を見て一騎は小動物を連想した。
高校の時から彼の雰囲気はほとんど、変わっていない。
「AIのメンテナンスか。と言うことは、コードに手を入れたりする仕事だな」
「いいや、違うよ」
「ふむ」
カップをおいて、
「簡単に言うと、AIの相談相手になるんだ」
「相談相手、か」
「乱暴に言えば、彼らの抱えている不安を分析する手伝いをする、そう言う仕事」
陽介の言葉に彼は「ほぅ」と言った。
「AIも人と同じようにみんなで支え合って己の役割を果たす」
「ふむ」
「負荷を分散するのが前提なんだよ」
「人が誰かに相談するのと同じか」
「まぁ、そうだね。人工知能とは言うけど、随分と人間っぽいんだ」
「非人間的な扱いを受けているAIの味方か」
一騎の台詞に目を丸くしてから、
「味方とは言い切れないけど、それ、近いよ」
次に彼は真面目な顔になって、
「AIに接する人間が、AIの気持ちや考えを完全に無視してるんだ。労いの一つも無い。『彼ら』の存在そのものを認めてない。AIを単体で働かせる方が多いしね」
「自我を認めない扱いか」
「そんなところかな。地球圏だとそれで動作不良やダウンしているAIが増えてきてる」
「人工知能の精神疾患か。笑えないな」
「笑うところかもね」
「お前が皮肉を言うの、初めて聞いたぞ」
「作った人間が彼らを理解してないんだからさ」
彼は寂しそうに笑った。
「少しで良いんだ。彼らと一緒になって考えたりすれば、彼らはすぐに元の調子を取り戻す」
「大変な仕事だろう?」
「そうでもないよ。大して苦にもならない。むしろ、何で他の人がやらないのか不思議だよ」
とは言っても、と彼は続ける。
「こちらじゃ仕事は無さそうだ。これはこれで複雑」
「アンドロイドやAIに対する理解は強いからな」
「理解と、それから来る対応の違いかな。地球圏だと相変わらずよくわからないもの扱いだ。挨拶すらしないんだから」
「それは、寂しいな」
「頑張ってる彼らにありがとうの一言もないのはね。仕事でやっているけど、感謝のあっても良いはずなんだけど」
「人でも病む状況だ。少なくとも俺はお断りだ」
「同じくね。そう言う一騎は何の仕事やってるんだ? 今、着ているのは防省の制服だろう?」
「ああ、UADSの専属アドバイザーだ」
「だから、担当の人は笑顔で断ったのかぁ」
ブラックのコーヒーを飲みながら一騎は陽介の言葉を聞いた。
「うちの会社でUADSのAIのメンテナンスさせてくださいっていう売り込みだったんだ」
一騎はあやうく、口に含んだコーヒーを吹き出しそうになった。