wired raven

文字通りの日記。主に思ったことやガジェットについて

交流会

広い露天風呂の隅にあるジャグジーに浸かりながら、少女が母親とおぼしき人物に話しかけている。
田辺が見たら、平和な光景だ、と言うかも知れない、とエリスは考えながらかけ湯をする。
田辺にかけ湯をはじめとする決まり事に何の意味があるのか訊ねると、彼の知っている範囲で詳細に答えてくれた。
湯船に浸かる、と言うことにも様々なプロセスがあるものだ。
脱衣所に掲示してあった注意書きの内容を片付けると、まだ入っていない湯であるジャグジーに足を向ける。
「でね。その機竜はすごいんだよ。その大きなロボットとの戦いに全部参加して、絶対に帰ってきたから」
先の少女の口から聞き慣れた単語が出てきた。
ずっと、彼女が話しているのはエリスも知っているExtreme Worldのことだろう。
母親の方は相づちを打ったり、質問をして少女との会話を楽しんでいるように見える。
エリスが近づくと親子は会話を中断し、こちらを観て軽く会釈してから、再び会話を始める。
その様子を確認してから、静かにジャグジーに身体を沈めると、底から噴出する泡が全身を包んだ。
この泡が身体をほぐすのだろうか、とエリスは推測する。
「えっと、もしかして、ブラック・アウトのエリス、さん?」
名前を呼んだ方を見ると先の少女だった。
「そうだ」
「良かった。人違いだったらボク、どうしようかと思ってたよ」
「名前は?」
「あ、ボクは……」
「キャラクターの名前だ。本名は問題が生じる可能性がある」
少女の母親の方はやりとりにこれと言った不安がないのか、穏やかな笑みを浮かべて眺めているだけだ。
オールトの雲のアリウム」
ソロプレイヤーの支援ギルド、と検索すると同時に出てきた。
「第500飛行隊4番機ブラック・アウトのエリスだ」
互いに名乗ったところで、母親が少女に何かささやいて上がっていく。
「湯あたりしないようにね、だって」
「そうか」
「なんか、オフ会みたいだね」
「オフラインで会うことがオフ会だ。その定義に従えば、これはオフ会と言える」
「確かに……」
「会話しにくいか?」
「え、あ、うん。ちょっと」
「そうか」
「あ、でも、そう気にしなくて良いから。はっきりしていてわかりやすいから」
慌てて訂正するアリウム。
「ぼかしてわかりにくいよりずっと良いよ」
「そうなのか。では、気にするのはやめよう」
「うん。……エリスさんってもしかして、アンドロイド?」
「そのようなものだ」
「エリスさんもぼかした表現するんだね」
「アンドロイドに近いだけだ。この身体にAIは積まれていない」
「……えっと、遠隔操縦ってこと?」
「そうだ」
笑みを浮かべてエリスは答える。
「えへへ。アルファ星系の第4惑星にある飛行機群がそんな感じだったから」
「その飛行機群の一部が私だ」
「えっ!? すごいなぁ」
「判断材料もないのに信じるのか」
「だって、エリスさんが嘘をついても良いことないじゃん」
「他者の言うことをそのまま信じるのは危険だ」
「さっき言ったことが嘘でも誰も傷つかないよ」
そう言って、アリウムが立ち上がる。
「そろそろ、上がらないと湯あたりしちゃいそうだから」
「そうか」
「エリスさんは大丈夫?」
「私も上がろう。相方を待たせている」